
頂上から見渡す景色からは
一番下が見えるように
わたし達は
登っているようでありながら
実は下っているのです
けれども
霧がかかり下にあるゴールがどうにも
見下ろせないのである
その霧はいかにして
祓い
その霧の中をいかにして
進もうか
晴れ間がさせば
シンクロニシティが起こり
シンクロニシティは
わたし達に
【はい。そちらで良いのですよ】
と教える
わたし達は遠く長い
先を見上げてなどいない
ということです
下っているのである
下り終えれば
てっぺんが見え
わたしは全てを知っていたのだと
気づくのです
思い出し、ただ歩き
下山していくだけなのに
人はなかったものを
足していくことに集中しているのです
頂上より少し下っていくと
傾斜があり
下は見えなくなるのです
頂上にいた時には
見えていた景色が
道中には見えなくなるのです
だから人は
悩み、迷い、不幸という邪心を
抱くのです
思い出すのは
自身のもつ出発点である
わたし達は
知っている出発点を思い出す為に
出会い
愛し
苦悩し
学び
知り
霧を祓っているのである
出発点に下り終われば
頂上と空と太陽が見え
そこに神がいたのだと
知るのです
祓いは
悟りである
Tiara 陽子
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